昨日、年中さんのクラスの授業が始まる前に、同じ小学校に進まれました4名のお嬢様とお母様方が制服を着て教室にいらして下さいました。どんなに嬉しかったことでしょうか。チョコリットをご卒業されて、はや半年が過ぎゆきましたが、その間のご成長振りには大変驚きました。ご卒業時は大人しい感じのお嬢様が多かったのですが、ピカピカした一年生らしい明るさと自由な自己発露の自信を身に着けられ、4人仲良く、笑いが絶えず、非常に楽しそうでした。背も伸びられ、本当にお姉さまになられたそのご成長振りに、お通いの学びの環境の素晴らしさが偲ばれました。教室の出口で「先生、さようなら。」とお嬢様が手を振られた時、いつものことですが、泣きそうになってしまいました(笑)

さて、本日は、日差しは強かったのですが、風が心地よく、午後から山手の県立神奈川近代文学館に伺って参りました。港の見える丘公園のバラ苑を過ぎ行きますと、突き当りに大佛次郎記念館があり、その左手奥をさらに進んで参りますと、近代文学館はあるのです。息子が久しぶりに帰省し、夜は留学時代の親しいお友達と飲みに行くそうで、午後の一時、『銀の匙』の作家、中勘助展に行くことに決めました。入館して直ぐに、作品名にも使われた、勘助の遺愛品の銀の匙が展示されているのを見て、感激しました。大変小さく、先端が丸く、このお匙で勘助を溺愛してくれた叔母様がお薬を飲ませたというお気持ちが大変良く分かりました。小さな子のお口に丁度良く、非常に飲ませ易そうなお匙でした。いそいそと笑み崩れながらお薬をお匙で掬い、勘助に優しくお口を開けるように促す叔母様の姿が見えるようでした。勘助は叔母様の背中にアラビアの魔物のように噛り付いて過ごした位庇護されて育てられたのでしたが、この叔母様こそが、作品『銀の匙』に繰り広げられる子供の感受性をその背中で守り抜いた方では無いでしょうか。「そんなに弱い子でどうする、もっと強くなくてはいけない。」という言葉で、その手中に大切に持っている儚く、美しく繊細な感受性を、大抵の子供たちが、自ら手離し、価値無きものとして置き忘れてしまうのに反し、勘助は叔母様に否定されずに温存し、磨き続けることが出来たのではないかと考えます。だからこそ、多くの大人がこの作品の中に自分の尊く、幸せな甘さが仄かに香る忘れ物を見出し夢中になるのではないでしょうか。
お話は逸れますが、いつか、電車の中で、お母様が同じ幼稚園のお母様のことを「**さん、あんなに甘えさせたら良くないわよね。」「そうよ、過保護よね。」とお話していたのを思い出しました。甘えさせたり、過保護だとどんな理由で良くないのかをはっきりと説明出来ずに、良くないと言われているから良くない。という理由にならない通念が大事な育児を邪魔しているのを見かけます。あのお母様は、勘助の叔母様の子育てをどうご覧になるのでしょうか。様々な公共の場で、「過保護は良くない」ということをはき違え、我が子の心を乱暴に扱い、心無い言葉をかけている場面に出会い、胸が痛むことが増えて参りました。また、そうした方が、きめ細やかに、愛情深い育児されている方に、否定的な感情を抱く傾向にあることも感じております。しかしながら、『銀の匙』の中の、幼い「私」が寄せ来る波に悲しさを感じて涙を浮かべた時に、その感性を真っ向から否定した兄たちの様に、その細く輝く伸び始めたばかりの感性の芽を蹴散らすことは、その子の大切な宝を摘み取ってしまう行為であると思います。我が子であっても、そうしたことを行う権利は無い筈です。どの様な職業に就いたとしても、愛情深く守られた、繊細さ、細やかさは大切なその人の財産であると考えます。大人はもっと子供たちの繊細さに目を向け、守らなくてはいけないのではないかと感じております。繊細さはイコール弱さではなく、大切なのは、その育まれたデリカシーさを大人になった時に、自分に向けてではなく、他者に向けて、いかに積極的に使えるか、その転換が出来ているかということなのではないでしょうか。デリカシーのある大人はエレガントで素敵です。人とのお付き合いにも欠かせない要素ではないのでしょうか。
中勘助展では、その師夏目漱石との交流が描かれ、群れることを厭う勘助が、定例の面会日を避けて尋ねても、その人柄を愛し、受け入れた師弟愛に触れることが出来ました。大変多くの書簡が展示されていて、非常に興味深く拝読して参りました。中でも義姉の末子の勘助を支える優しく温かな文面や勘助が亡くなった彼女への思いと寂しさを綴った詩には、心打たれました。また、灘校で、かつて『銀の匙』のみで3年間の国語授業に留まらない広がりを展開させたエチ先生こと、橋本武との書簡もありました。橋本武が『銀の匙』を教材化するにあたっての細かな案が書かれたノートや、橋本武の疑問に毎回丁寧に答える中勘助との書簡なども非常に興味深かったです。この中勘助展の会期は5月30日~7月20日で、その後はあの『100万回生きたねこ』の作者の佐野洋子展があり、柳田國男展へと続いていきます。また、近代の文学者を扱う常設展も、非常に魅力的で、これからは是非足繁く通いたいと存じました。