新年早々始まりました冬期講習会が終わり、ホッとした土日、鎌倉の鶴岡八幡宮に初詣もまだでしたので、晴れやかな気持ちでお詣りをしてまいりました。その後、車で葉山の海沿いを通り、MARLOWEの本店でお茶を頂きました。海を臨む窓辺のお席は一杯かと思いましたら、お店の方に、さらに奥のお部屋にご案内して頂き、まさに、沈みゆく夕日に染まる窓いっぱいに広がる海を堪能して参りました。2枚目のお写真に小さく写っておりますが、海の向こうに富士山の美しいシルエットが浮かんで見えました。お茶を頂いた後は、道路を挟んだ海側の立石公園の岩場まで降りて行き、潮騒と海風を楽しみました。つい先週も、また海が見たくなり、油壺の小さな浜辺に行って参りました。午後3時くらいでしたが、ほとんど誰もいない静寂の波音に安らぎを覚えました。思い立った時に思う存分海と触れ合える横浜の立地が有り難いです。リラックスしたくなると、何よりも海が恋しくなるのです。
今、横浜美術館では、ホイッスラー展が開催されております。ホイッスラーはマルセルプルーストに親しい画家ですが、実際の作品を目の当たりにしたことがありませんでしたし、何よりも、絵画を視覚の詩と位置づけ、絵画に道徳性や物語性の介入を否定するために、<ノクターン:青と金色><白のシンフォニー№2><灰色と黒のアレンジメント>といったタイトルをつけた彼の作品は、会期中、3回は見に行きたいと考え、一月の半ばに行ってまいりました。そして、強く感じたことは、「これこそが、子供の時に描きたかった風景であり、色であった。」ということでした。実は、私は教室でよくお嬢様達に「クレヨンの絵具の色がそのままこの世界の色だと思わないでね。クレヨン屋さんが、この世界にある色を箱に詰めようとしても、入りきれないから、混ぜて使える便利な色を12本選んであるだけですよ。」とお話させて頂いているのです。幼い私が初めて自分のクレヨンや絵具を手にして絵を描いた時の違和感を今でも覚えております。夕暮れから始まった花火大会を橋の上から見た絵を描きたかったのですが、描きたいと思う色は箱の中に見つけられず、止む無く塗った真っ黒な空に、見た色ではない原色の花火の色を描きながら、描きたいものを何一つ描けていない失望を感じておりました。ホイッスラー展で出会った、ほとんど全てが青系統の濃淡で描かれた<ノクターン:青と金色ーオールド・バターシー・ブリッジ>には、子供の頃に見た、夕暮れの川沿いの穏やかさや寂しさ、不安と夜に秘められたときめきの空気がそのまま感じられる、色彩同士の調和、まさにハーモニーそのものに真実の世界がありました。微かに夜空に煌めく花火が子供の私にとり、真の花火でした。当時の私が感じたように、教室のお嬢様達は、私が感じた軽い失望感を絵を描く度に感じているのかもしれないという思いが心の中に在ります。(でも、その失望は、当時の自分ですら自覚出来る程はっきりとしたものでは無かったのですが。)その思いは、また、幼稚園の時に初めて自分のアップライトピアノが家に運び込まれた時にも味わった気持ちにも似ているのです。ピアノの先生のお家のグランドピアノの美しい音と、似て非なる音色に、幼稚園児の私は大層失望したのです。また、ホイッスラーの<ライム・リジスの小さなバラ>は、美しい少女が怒りを秘めた瞳で、不機嫌そうに唇を曲げて正面を向いている絵ですが、この少女が今でも生きているように思えるのは、まさしくこの唇だと思いました。教室で描く人の表情ということも大変気になります。全員が笑っている絵だから、この絵を描いたお子様のご家庭は温かく円満などとは小学校の鋭い目をお持ちになられる先生方はお思いにはならない筈です。家族で山登りしている絵だからと、皆が笑っている絵はもしかしたら描いているお子様にとり、むなしい嘘を描いているのかもしれない、途中で足が痛くなって、泣き泣き歩いているのを、体育会系のお父様が「あと少しだから頑張りなさい!」と少し怖いお顔で励まされていても良いし、傍らでお母様だけが菩薩様の様な笑顔でいらっしゃる絵でも、真実ならば良い筈だという思いが強く致しました。「家族で楽しく過ごしている絵」というご指定があれば別のお話ですが、このような、受験準備に於いて小さな嘘を重ねる要素が、気が付かぬところに潜んでいないか、さらに気をつけたいと考えた次第でした。次のブログでは、少しお子様の絵についての短いお話を書かせて頂く所存でございます。

ところで、我が家に一昨年の大晦日に登場しました子ネコのミルティです。もう、あれから一年以上が過ぎゆき、大変な甘えんぼ&我がまま猫さんに成長してくれました。でも、可愛く大切な家族です。ボールを投げると走って行って咥えて戻ってきたりする遊びが好きですが、何よりも私が机で使っているスティックのりのフタが好きで、机に飛び乗ると、あっという間にチョイチョイと転がして机の下に落としてしまう為、何度困って探すことになったでしょうか。お電話に出ると焼きもちからか、私の足に噛みつきます。私はお話中、「いたい!」とは言えず、ひたすら耐え、片足で立ち、噛まれた方の足を上げるのですが、ブラーンときつく靴下を噛んだままぶら下がっています。そして、いつもとても高い声でキューキュー(あああ、お母さん、抱っこしてくれないかなあ)と、鳴いてばかりいます。でも、可愛く大切な家族なのですよ(2回目ですね!笑)