昨日の午後、ふと思いついて、三浦半島の先にある、マグロの漬け丼の美味しいお店に行って参りました。ごくたまに伺うお店で、昭和時代初期の旅館の様な趣もあり、良くお掃除がゆき届いたピカピカに磨かれた歴史を感じる木の階段をちょっとワクワクして上って行くと、畳の広間があり、アワビのお刺身、サザエの壷焼き、マグロのカルパッチョ、など、新鮮な海の幸が頂けるのです。家からはちょうど1時間で、ちょっと遠出した感じが味わえ、気分転換にぴったりです。
お食事の後、海を見ているうちに、何処かの砂浜に行きたくなり、油壺の方に向かってみました。既に日は傾きかけた頃でした。私は海からはかなり高い位置にある筈の林の中から、何人もの人が海水浴の格好のまま歩き出て来るのを見つけました。
そこで、そこにある駐車場に車をとめ、その道をお散歩してみることにしたのです。立ち木が屋根の様に生い茂り、海風がそよぎ、何とも気持ちの良い道でした。その道の入り口には、東大の研究所の宿舎がありましたが、その門から向こうが、なんと、高校時代に書いた短編小説「緑なす植物園にて」の冒頭で、主人公が植物研究所に向かって歩いて行く光景にかなり似ていて…何だかときめきました。そんな小説を書いたことすらこの所忘れておりました。木の間隠れに、眼下に広がる海やヨットが見えます。素敵な風景です。しばらく歩いていくと、今度はその小説の主人公が幼馴染みの青年と封じ込められた禁断の植物園の中に、謎解きの為に分け入るシーンに良く似た扉に出会いました。今、思いますと、あのお散歩道は、もしかしたら過去に向かって降りてゆく道だったように思えます。
そうして、暫く歩いた後で、突然、楽しい音楽が流れ、目の前になんとも可愛らしいこじんまりした海水浴場が現れました。いらっしゃるのはほとんど地元のご家族ではないでしょうか、バーベキューを楽しまれたり、小さなお子様を遊ばせたり。皆がそれぞれお庭の様に楽しんでいる小さなビーチ。ちゃんと、椰子の葉がゆれ、海の家もあって、ビーチパラソルもチェアもあります。私は出会った瞬間から、この場所が大好きになってしまいました。
さて、私はこんなことを少し期待して、素足に白い膝までのパンツでしたので、直ぐにサンダルを脱ぐと、砂浜を歩いてみました。…気持ちが良くて、本当に心身が解放されます。砂は細かな砕かれた貝などで出来ている感じで、海の水は濁りにくく、とても澄んでいました。私は海の中に足を浸してみました。一瞬一瞬で変化する揺れるレンズの様な海の水の下にある砂の上に、色とりどりの貝がらがほとんどは砕けて散らばっているのです。波が優しく打ち寄せ、波の音が心を撫ぜてくれるようでした。私は、日傘を砂浜に置き、いつの間にか綺麗な貝がら探しを始めておりました。赤紫は、竜宮城の色…薄いパール、藤色、桜色は…静かに海の水の中で揺れる貝は、どうしてこんなにも色鮮やかで秘密めいているのでしょうか…私は揺らめく貝を相手に、隠された物語を問う静かな対話に夢中になっていました。その時、「こんにちは。」突然、男の子の声がしました。でも、こんな所に知り合いがいる筈も無く、私はそのままうつむいて海の中を見つめていたのですが…次の瞬間、気になって顔を上げると、小学生の男の子が此方を見ているのです。私はあわてて、「あら、ごめんなさい、私に?」すると、その子は目を逸らしながら「ええ、でも、間違えました。知っている人に似ていたものですから。」と言うのです。「そうだったの…」と言いながら、私はまた下を向いて貝を…(大人気無いですね(*^^*))すると、その子は、手のひらに乗せた綺麗な貝を差し出しながら、「これ、綺麗ですよ。それから、これも赤くて。」と言うのです。私は、「あら、本当に綺麗な貝ね。」と言って、黙って立っていたら、その子はその貝をそっとその子と私の間の海の中に置いたのです。それで、私はようやくはっとして「その貝、貰っても良い?」と尋ねました。すると、その子は嬉しそうに「はい。」と答えたのです。「ありがとう…でも、私が綺麗な貝を探しているの、分かったの?」「はい。」私は改めてその男の子を見ました。頭の良さそうな、目に輝きのある、礼儀正しい子でした。「それなら、私もお返しに…。」私は小さな白い綺麗な貝を二枚拾いました。小さな穴が空いていました。「ほら、この穴に紐を通せば、ネックレスになるわよ。」すると、その子は嬉しそうに「ほんとうだ!」と笑いました。「何年生?」「五年生です。」側に浮き輪に入った女の子も近づいて来ました。「ご兄妹なの?」「はとこです。」「そうなの。もう、帰るけれど、海を仲良く楽しんでね。貝をどうもありがとう。」「さようなら。」
私は、海から上がり、また来た道を今度は上りながら、今のことを考えていました。
何故、あの子は貝を拾ってくれたのかしら、と。
私は、海の中で、もしかしたら全ての大人の顔を脱ぎ捨てた子供の顔をしていたのかも知れない…と思いました。だから、遊んでくれたのだ、と考えました。
私の中にある「子供」に気が付き会いに来てくれ、私にその「子供」を気付かせてくれた、あの男の子は、まるで星の王子様の様だ…と、思いながら、貰った貝を無くさない様にハンカチに包み、大事にカゴに入れ、持ち帰って参りました。
それにしましても、やはり、自然に五感で触れることに飢えているのを感じました。秋になりましたら、何処か、本気で大自然の中への旅に行きたくなりました。