前回、昔話の中の旅に出る若者について少し書かせて頂きましたが、今日はふと、久しぶりのお休みで、のんびりと昔話風に旅に出る若者のお話を書いてみようと思いました。昔話の特徴は場所も人物設定も簡略化されているので、そのように書くつもりが、だんだん昔話から脱してしまいました。もし宜しければ、お子さまのお話の聞き取り問題にでもなさってみて下さいね(笑)
「バラの谷に行った若者」
昔々あるところに、たいそう気立てが良く、逞しい若者が、年を取った母親と住んでいました。この若者は気づいていませんでしたが、汗水流して働く姿を狩りに出た王様がいつもじっとご覧になっていたのでした。ある日のこと、王様のお使いのものが家に訪ねて来て若者に言いました。「今から北の山を3つ超え、深い谷に咲いているバラの花を取りに行くよう命ずる。そのバラは大変不思議なバラで、昼間は空の青さを映しているかのように冴え冴えと青く光り、夜にはお月さまの光をたけているかのように黄色に光る、世界一素晴らしい花である。もし、お姫様にそのバラの花を差し上げることが出来たら、お姫様と結婚させようと、王様から仰せつかって参りました。」
母親はそれを聞くと、息子に「まあ、願っても無いこと。何としてもそのバラを手に入れるまでは家に帰ってきてはいけないよ。」と言いましたが、若者は「まだ一度もお姫様とお会いしたこともないし…。それにお母さんと2人の細々とした暮らしでも充分幸せなんだから、行きたくなんかないよ。」と言ってベッドに横になってしまいました。母親は「よく考えてもごらん。お姫様のお婿さんと言ったら、やがては王様になれるということなんだから。」と言ってベッドから追い立てると、大事にしていた食糧の蓄えを若者に渡し、「おまえはいつも、何をしてもよく出来たし、山登りも誰にも負けたことは無かった。今日までよく鍛錬して来たね。おまえならばきっとそのバラを手に入れて帰って来られるだろう。お前の大好きなシチューを煮込んで待っているよ。」と言って、若者に別れを告げました。
さて、それから何日も経ちました。我らが若き旅人は不慣れな土地を旅し、切り立った岩壁を前に、今、立ちつくしているところでした。あんなに得意な山登りの筈でしたが、どうにも力が出て来ないのです。若者は呟きました。「…せめてお姫様がどんなに綺麗な方か知っていれば、この岩壁どころかどんな壁でも飛び越えて見せるのになぁ…。」するとその時、突然、見知らぬ老人が現れて言いました。「もう家に帰ってはどうかね。家に1人で残っているお前のお母さんが病気になって寝込んでいる。それとも、これから取りにいこうとしている不思議なバラの花びらは、お母さんの病気に一番良く効く薬になるから、このままバラを取りに行くことにするかい?」
若者は迷いました。「お母さんが病気?それならば、このまま帰ろうか。そうしてもバラを取りに行かなかったことを誰にも責められまい。」すると、その時急にお母さんの作る美味しいシチューが胸に浮かんできました。それから「おまえならばきっとそのバラを手に入れて帰って来られるだろう。」というお母さんの言葉も浮かんできました。若者は改めて岩壁を見上げました。岩壁からはごつごつした岩や木がところどころから突き出ているのが見えました。若者の頭に、今まで何度も練習して来た切り立った壁の上り方が浮かんできました。なぜ今までは足がかりになるごつごつした岩や木が目に入らずに、また、上り方も忘れていたのでしょう。若者はあっという間に岩壁を上り、飛ぶように3つの山を越えて、ついに深い谷に辿りつきました。すると、谷のバラたちは本当に一斉に月の光で出来た霧を纏ったかのように黄色く光り始め、その光はまるで金属の細かな粒のようにぶつかり合い、この世のものと思えぬ綺麗な音色が谷中に響き渡りました。その美しさと眩さに若者は思わず圧倒されそうになりましたが、気を取り直すと、急いでバラを8輪摘み、大切に革袋に包むと、家を目指してまた元来た道を帰り始めました。途中、若者は一度だけ小川のほとりに跪き、清らかな流れから水を掬って飲みました。その時、音も無く鷹が飛んでくると、若者の包みをほどき、バラの花を一輪だけ残して、他の全てをわし掴みにして、遠くのお城の方目指して飛び去りました。
若者は家に到着すると、真っ先にお母さんに「ほら!薬だよ。」と言ってバラの入っている革袋を見せました。バラは袋の外から見ても青く光っていました。お母さんは「本当に空の色そのままに光るんだねぇ。」と大層喜んで、「薬はいらないから早くそのバラをお城に持ってお行き。」と言いました。「沢山あるから大丈夫さ!」若者はそう言って包みを解きました。でも、中にはバラは1輪しか入っていなかったのです。若者はがっかりして悲しみましたが、お母さんは言いました。「さあ、早く、お城へ。」若者はお母さんには内緒で手にあるバラの花びらを取ると、全部そこにあるスープに混ぜてしまいました。そして、「これからお城に行くから必ずこのスープは飲んでくださいね。」と言って、スープを飲ませました。
若者は茎と葉っぱになったバラを持ってお城に行きました。門番が「お城に何のようか。」と尋ねました。「お姫様にバラをプレゼントしに。」と答えると、門番は呆れて笑い出し「なんだ。もう花びらはついていないじゃないか。」と言いました。若者は「君に見えないのかい?このバラの花びらは賢者、つまり賢い人にだけ見えると聞いているんだが。」と言いました。すると門番は慌てて「いやいや、えへん!なんと綺麗なバラじゃないか。」と咳払いをして言いました。大広間に向かう若者を、今度はすれ違うお城中の者たちが笑いました。でも、若者はそのたびにさっき門番に言ったことと同じことを言い、そのたびに笑った者達も門番と同じように「いやいや、おほん!なんて綺麗なバラじゃないか。」と咳払いをするのでした。さて、若者は、王様やお姫様の前で胸を張り、バラの茎をうやうやしく捧げました。するとその時、若者は王様がこの間出会った見知らぬ老人と同じ顔であることに気がつきました。若者は驚きましたが、王様は、にっこりとされるとお姫様の手を取り、若者の手を取ると、「無いバラを綺麗だなどと言うのは愚かなことだ。また、そう言わせるのも良く無い事だぞ。ただ、おまえは、やはり私が思った通りの若者であった。この花のついていないバラが証拠じゃ。さあ、明日は2人の盛大な結婚式になるだろう。」そう、告げられたのでした。
問題1.若者が不思議なバラの谷についた時、昼でしたか?夜でしたか?それは何故ですか?
問題2.若者はお母さんが作ってくれたどんなお料理を思い浮かべましたか?その中には
どんな材料が入っていますか。
問題3.バラの谷で何輪かバラを摘んできたのに、若者が家に着いた時バラは一輪になってしまっていましたね。鷹は何輪のバラの花を持って行ってしまったのでしょうか。
問題4.若者が家に帰った時は昼でしたか?夜でしたか?それは何故ですか?
問題5.お城の門番もお城の人達も、何故バラの花びらが無いのに「綺麗なばらだ」と言ったと思いますか?
問題6.今の5番の問題のように、自分には見えていないのに、自分を賢い人のように見せたくて、見えない着物を見えると言った大人たちの昔話を知っていますか?(小学1,2年用)
問題7.若者は結局お姫様にバラのお花は渡せませんでしたね。それでも、王様は何故若者をお姫様と結婚させようと思ったのでしょうか。王様は何の為に若者にバラ取りに行くように命じたのでしょうか。(小学校3.4年用)
さて、ここからは問題ではございません。若者が岩壁を登ったのは「やる気」ではなく、「やるべきことの動機ずけ」が若者の中に生じたから…ではないのでしょうか。どんなに「やる気」を奮い立たせても、どうしてもそれをしなくてはならないというもっと切実な、いえ、静かな思いであっても強く、それをすることが当然であり、それをすることによって報われ、達成することによりさらに喜びが増す…そんな何かが必要なのかもしれない…そんなことを考えているのです。先日、テレビで聞いた笑い話ですが、受験の大事な時期を迎えた高校生にお母さんが「そろそろエンジンかけたらどう?」と言ったら、「エンジンはとっくにかけている。アクセルが踏めないだけ。」と答えたと言うのです。私は「やる気」はまさにこのエンジンのようなものであって、それだけではもしかしたら前に進まずに終わってしまうのではないかと考えました。では、その先に進む為に踏み込むのには、もうひとつ、やる気が本気へと変わるきっかけが必要なのではないでしょうか。
私自身のお話で恐縮ですが、小学校5年になったとたん、取りつかれたように勉強が面白くなり、学校から帰宅するやすぐに翌日の準備、そして机に向かって予習に明け暮れるようになりました。何がそうさせてくれたのかを考えますと、やはり5年生になり、ちょっと頑張って予習をしてみようかしら?と思い、1時間ほど集中して頑張り、母のところに行きましたら、母が気配を消しながらも家事をしながらずっと気にかけてくれていて、私を見るなり「まあ!本当に頑張ったわね~!」と手放しで感心したように褒めてくれたこと、その些細なことが始まりだったように思うのです。その時感じた誇りは今でも胸から消えていない程です。子供にとって、母は本当に大きいのですね。その場に母が居たこと、そしてそのように反応してくれたこと、その2つがあったのと無かったのではまたその後が大きく変わっていたかもしれません。その日から、私は人が違ったように勉強が楽しくて仕方が無くなりました。また、小学校の先生も常に私を認めて下さり、4年生の時の(今でも思い出すと胸が痛むようなヒステリックな)先生とは正反対に何でもプラスへと解釈をして背中を押して下さる方でした。そうした安定と取り戻した自己肯定感の中で、親友が転勤から帰って来たのです。孤独ではなく常に横にいてくれる大事な友の存在の喜び、その家族同士、週末にはよく自然の中へと出掛けて行ったりする楽しさ。子供ながら、全てが良い方向から支えられているのを感じた日々でした。(ただし、それは永遠では無く、また長い紆余曲折を迎える人生であったのですが。)
若者が壁を登ったお話…そんなことをテーマにもっと短いものを書く筈が、長くなりました。
若者が壁の前でうろうろと困り果てていた時に、もしも王様の家来が来て「まだこんなところに居たのか。お前は思ったよりもだめな若者だな。」と罵倒したら、どうだったのでしょうか…と、まだまだあれこれ考えてしまう私です。