年長クラス、そして、年中クラスの夏期講習会前期が23日に無事終了しました。皆さま、本当にお疲れさまでございました。

つくづく、お子さまひとりひとり、それぞれが色々な意識を抱いて、葛藤しつつ成長しようとしているのだと感じ入ります。よく文集の題名にもされる「伸びゆく姿」という言葉がぴったりな、内面の、力強い成長のエネルギーを感じます。そして、その成長していかれる姿に魅力と感動を覚えます。まだまだ年中さんは様々なコンディションですが、それをお母さま方同士お1人お1人が、暖かく受け止めて下さる環境。このお子さま達が、一年後にどんなに成長されていらっしゃるのか、私も楽しみでなりません。頑張っていらしゃるその合間に瞬間見せる笑顔。「本当に頑張れたわね!」と受け止めてあげると、我が意を得たり、という風に真剣なお顔で深く頷いて下さいます。

年中さん達は最終日に「私、つりあい大好き!」「私も!」という声が上がり、本当に嬉しく存じました。そのお声を引き出したくての4日間のようなものでしたから。それにしましても、お友達がセロテープを使う時には、自然にお友達が切りやすい方向に向けて、動かないように押さえてあげていたり、後からいらしたお友達の名札をサッと取りに行ってあげたりと、拝見していて嬉しくなる様な姿が多く見られました。本当に、まだ幼いながら、自ら考え行動しようという意識を持って、様々なことを自ら克服しようと努力されているのがありありと目に見え、感動を覚えます。是非、この夏休み、お子さまのそうした自律心の萌芽を大切に、お子さまの考えをしっかりと聞き取りながらお過ごし頂けましたらと願います。

実は、赤ちゃんですら、本当は言葉が話せないだけで、全部解っているのではと思っているのです。電車の中で、赤ちゃんと目が合うと、お連れのお母さまが驚かれる程喜んで私に笑いかけて下さるのも、私がそう思っているのが伝わるからなのかも知れません。赤ちゃんから「本当は何もかも解っているって、やっと理解している人に会えたわ!」と、言われているように思う時があります(笑)。ましてや、幼稚園児ともなれば、感じやすい子どもたちは、大人以上に先走って考えたり、大人を思いやったり。そのために苦しむことすらままあることです。大人同士の間に流れる微妙な空気感ですら、ちゃんと把握しています。その上、それを表面には出さないことも出来ます。何も解らない「子ども」が、今目の前にいるのではなく、まるでお客様のように慎み深く、多くを望まず、語らずしている考え深い人が居るのだという目でもう一度、お子さまを見つめ、接してみて頂けたらと思います。

また、年長さんの夏期講習クラスでは「考えるのが好きな子」を目指して難問を織り交ぜてまいりました。まったく解けないような難問ばかりでは、達成感は得られません。少しじっくり取り組んだら解った!という経験を積み上げてまいりたいと思います。名古屋から、あるいは浦和からと、遠くからもお越し頂き、本当に合格に繋がる何かをお持ち帰り頂けましたら幸いであると願ってご指導させて頂きました。そこで、感じるのは、あまりに問題を解くと言う行為をオートメーション化(古い言葉ですね!)しすぎているお子さまが多いと言うことです。問題は、考えて解くものではなく、自動化された作業であると考えていらっしゃる方が多いように思えます。数の好きなお子さまは、常に数に対して敏感に反応します。数が遊び的な思考として、定着しているのです。そうしたお子さまにとって、目の前に絵の無い数の操作の問題は、まるでクイズであり、じっと注意深く聴き取った後では、微笑みとともに回答欄を埋めて、大変誇らかな思いを味わえているのが解ります。問題の条件を一度で聞きとる力、その条件を生かせる力、その両者は、ペーパーばかりではなく、行動観察でも同様に問われている力なのです。

私は、お母さま方の素晴らしいお子さまへの接し方を拝見して参りました。そうした中で、どのように行動したら良いのか、お子さまの見えていない判断材料の部分を優しく諭され、どうしたら良いのか、考えるように促されるお母さまは、まさにお子さまを「考える子」に導いていらっしゃる、素敵な教育!と存じているのです。「こうしなさい。」と言ってしまわれるのよりも、何倍も時間も忍耐も必要ですね。でも、のちのちの事を考えましたら、将来的にはよほど、お母様がお楽になる育て方であるとも思っているのです。