昨年末、お話しておりました通り、30日に横浜美術館に向かいました。美術館に繋がる並木道はかなり多くの人波がありました。そうです。やはり、皆さまドガ展にいらした方々でした。チケットを購入するのに5分程度待ち、入場出来ました。同じような駆け込み組の方達に少なからず共感を覚えました(笑)。入口で音声ガイドをお借りしました。音声ガイドはある意味邪魔にもなるのかも知れませんが、やはりドラマチックな声での解説は楽しく興味深い内容ばかりで、本当に勉強になり、あまりに大事な解説箇所があったので、途中、休憩用のベンチに腰掛け、何度も繰り返して聴きながら全てをメモしてしまいました。色々な方々が鑑賞されていらっしゃる中で、小学生のお子さまと、お母さまの会話が興味深かったです。最初の方に展示されていた『木陰で死んでいるキツネ』。男のお子さまは「血が出ていないね。ねえ、なぜ死んじゃったの?」とお母さまに尋ねていました。それを聞いた瞬間に、キツネが何故死んでしまったのか私も興味を覚えました。その2年後の『障害競馬ー落馬した騎手』という作品で、ドガは落ちた騎手が仰向けに倒れて、馬がいましも彼の上を駆け抜けようとする様を描いています。この騎手の頭のすぐそばに馬の脚があって、ハラハラしてしまうような状況ですが、騎手の穏やかにも見て取れる表情に、私にはなぜか横たわるキツネと共に、死、あるいは死に近い状況にあってもそれがひとつのある状態なのだという静かな視点を感じたのでした。そして、その静かな視点こそ、後に彼が愛用するカメラのファインダーからの視点の萌芽のようなものを、既に連想させられるのです。

先日、再々放送のようでしたがNHKの素晴らしいドキュメント番組『死を見つめる舞台へ~日野原重明・99歳の挑戦~』を見ました。日野原重明先生が企画者として関わられておられる劇「葉っぱのフレディ」やホスピスで過ごされる方々と先生との会話などを扱われていたのでしたが、感動で涙が最後まで止まりませんでした。この劇の中で、フレディは「ぼく、死ぬのが怖い。」と叫ぶのです。すると、親友が「解るよ。経験したことが無いことだものね。」と言うのです。秋になり、生まれたての若い葉っぱであったフレディは枯葉となって、「おやすみなさい。」と言って静かに横になります。そこにあるのは、劇的な死ではなく、状態としての死でした。私は、この劇を、ドガ展での横たわるキツネや騎手を見て思い出しました。ドガのこの2つの絵はまだ最初の『1章 古典主義からの出発』のグループの分類として展示されており、対象をありのままに描くようになる前の作品ではある筈ですが、すでにドガは女性だけでは無く、きっと全ての描く対象に対して、それが生きて動いていても、花瓶の様な静物であっても、また死んでしまっているとしても、全て、それらを静かな視線で「ひとつの状態」として捉えている姿勢を感じました。

また、興味深い絵がありました。マネと親交があったドガが描いた『マネとマネ婦人』。その絵の右半分が破られて無くなっているのです。破いた張本人はマネです。ピアノを弾く婦人の後ろ半分で絵は切り取られているのです。なぜなら、その絵をマネが気に入らなかったから。もしかしたら、深い事情があるのでしょうが、ドガはマネの奥様を「女神」としての要素をひとつも入れずに、ありのままの「状態」として描いてしまったのではないかとふと思いました。マネにしてみたら、「なんだこれは。こんなに可愛く美しい妻なのに!」と思ったのかもしれません。切り取った跡が、当時のままとすると、あまりためらいなく一気にびりびりと破かれてしまったように想像しました。しかし、かく言うマネこそ、ピアノを弾く妻の後ろのソファで大変お行儀悪くひっくり返るかのようにして座り、私が彼ならばドガに丸ごと絵を渡してくれないかと頼んでいたかもしれないと思いました。この絵のおかげて、マネがとても好きになりました。

ドガの浴女は後ろ向きを見せ、かがんで背中をスポンジで洗っていたり、タオルで背中を拭いていたり。大変リアルな裸体で、やはりどこにもドラマ性はありません。どこにも女神はいません。体を拭いている横では、家政婦が湯上りのコーヒーを渡すきっかけを待っていたりして日常の一部なのです。私はたくましい裸体の背中の数々を見ているうちに、何かを思い出しました。牛!そうです。ドガは牛、あるいは彫刻で沢山作っていた馬を描くのと浴女を描くのとに線引きをしていなかったのではと思うのです。

そんな中、やはり月並みな表現しか出来ないのが残念ですが『エトワール』は、珠玉のように輝いており、今もその輝きが目に焼き付いて離れません。宝石、花・・・ありとあらゆる美しいもので例えたとしても、人の作り出した芸術作品の素晴らしさには及ばないと確信出来るあの輝きは何なのでしょうか。恍惚として動けなくなる人々に「立ち止まらないで歩きながら見て下さい!」という館内の方のお声が一瞬でも止んで下されば、と願いましたが夢は喧騒とともに一瞬で過ぎ去り、残念でした。ただ、『エトワール』の左上に彼女の黒い服のパトロンの姿が描かれていたのですね。当時のバレリーナは貧しい女性たちであったそうです。ドガは舞台の袖で待つ踊り子、名振付師ペローを取り囲んで思い思いに座る踊り子達を、やはり一瞬をとらえたカメラのような視線で描いているのだと感じました。ドガは1890年にカメラを手に入れ、大変傾倒していたようで、特に視力が弱ってからは写してきた写真をもとに作品を描いていたこともあったようですが、それ以前に、やはり彼の作品を初期から見ていても、ドガがカメラに魅かれたのはもともと彼の視点がカメラのようであったと言えるのではないでしょうか。そう言えば、彼の言葉の詳細は忘れましたが、浴女のところの解説で「私は事実をカギ穴から見せる」というようなことが語られていたように思います。この「カギ穴」こそ、実はカメラのファインダーと置き換えられるのではないでしょうか。

『エトワール』と同じ頃の、オスマン男爵が行ったパリの都市改造で、町は明るく活気を帯び、芸術家達がカフェ・ゲルボワに集うあの素敵な時代の[カフェ・コンセール アンバサドゥール」の絵なども面白かったです。マネ、モネ、ルノワール、ゾラなどが集ったあの時代。なんとも見事な顔ぶれですね。

そして、出口では沢山のドガの展示会にまつわる本やカード、グッズが売られていました。そんな中、私が出会ったのが『タルティーヌ』という素晴らしい本でした。『想いっきりモダーン!マネからポスト印象派へ』と表紙に書かれたこの本が実に魅力的なのです!子供たちにとっても実に解りやすくそれぞれの画家が紹介されたり、画家の思いが描かれていたり、また、絵画に対する興味を引き出すページなど、大変興味深く、購入して参りました。家で読んでみましたら、さらに、ジャン=ルイ・アゴベ氏(聴覚を基盤とした<アゴベ・メソード>の創始者で、教育者としてストラスブールフィルハーモニー管弦楽団の教育プログラムを主導し、2009年『聴いて、奏でる、鳴らして、創る』という御本を出版され、現在はフランス カーン音楽院教授)の大変興味深いページがありました。2008年に行われたカリタス小学校での、彼のワークショップの写真も掲載されていました。展示会に行ったのに、この<アゴベ・メソード>との出会いまで年の瀬に出来るとは・・・。あわただしく出掛けたドガ展でしたが、今年に繋げて行きたい多くのこととの出会いがあり、幸せに感じました。今年も、沢山の展覧会やコンサートを楽しみたいです!