お母さまからのお問い合わせに私なりの考えを書かせて頂きました。

私達大人が、例えば高校生の頃に読んだ小説を読み直してみて、感慨を新たにし、また、知らぬ間に身に着けていた新たな視点に驚かされるように、同じ絵本に対して、小学校3年生になったお子さまでも、幼児の頃に読んだものとは比べようもない程の理解力と、また新たな興味とを持って接することもあるでしょう。ただし、その絵本に対して作者が全霊を傾けて画を書き、文章を紡ぎ出したものならば、という条件付きですが。続々と出るキャラクター主体の絵本など、そうした年代を問わずに繰り返して読み継がれるものに耐えうるものではありませんね。

3年生として受け止められるものは、幼児期のそれとは異なり、具体的に自分を取り巻くことごとへの興味や心情もより深く、複雑に理解出来るようになっているでしょう。そうしたことを踏まえますと、心の中にとどまって、いつまでも考えさせるような重いテーマのもの、深いおもいやりに基ずいた人間性に関わるものなども、よく受け止められる年齢であると思います。

例えば『だいじょうぶだよ、ゾウさん』<作 ローレンス・ブルギニョン 絵 ヴァレリー・ダール 訳 柳田邦男 文渓堂刊>という絵本があります。死を迎える用意をしなければならない、大親友のゾウに対し、まだネズミはそれを受け止められずにいるのでしたが、ゾウさんが安心して旅立つ為に、壊れた橋を直してあげるまでに気持ちを昇華させたのでした。大切なお友達が渡ってしまったら、二度と会えぬ橋を・・・。

また『くまとやまねこ』<作 湯本 香樹実 絵 酒井 駒子 出版社 河出書房新社>も、大事なお友達を亡くした悲しみに暮れるクマを一番慰めたお友達の言葉や態度が自然にお子さま達に伝わるでしょう。そして同じ作者達の、『ビロードのウサギ』では、身勝手な心の陰で傷ついている存在を思い起こさせてくれる本なのです。。

今江祥智さんは『幸福の擁護』という御著書の中で、我々大人が全力で子供たちに未来が明るいことを伝えなければならないと言われています。また、絵本の結末が、救いの無いものを与えてはいけないとある図書館の館長さんから伺いました。しかし、それはまだ、自分の目で十分に周りが見えない段階の子供達へのことではないのでしょうか。新美南吉の『でんでんむしのかなしみ』も、自分ひとりではなく、どのでんでん虫も、悲しみを背負って生きていることを知るというお話です。何もかもが良くなければ生きてはいけないのでは無く、人間であれば必ず悲しみを背負いつつも、歩いていくことが、特別なことではないのだということを知るのは大事なことではないでしょうか。

そうした、生きて行く上での、道徳の時間とはまた違った絵本での心を揺さぶる経験をさせてあげられたらと考えます。それが、その時には拒絶反応であっても、良いと思うのです。

絵本は画が多くを語り、文章と響き合い、それはまた素晴らしい作品であると言えますね。それでも、小学3年生への読み聞かせとして、もうひとつの意義をあげるならば、読書に対する興味、欲求を芽生えさせ、増長させるということがあると存じます。その為に、もしも絵本という読み聞かせ自体の形態を変えることを、小学校の先生がお許し下さるのであれば、1回、あるいは数回で読み聞かせが終了するような物語の本、昔話の本などをお読みになるのもよいでしょう。絵本から物語の世界へと移行していく良いきっかけになるでしょう。中には、次回まで待ち切れずに、自分でその本を手に取り、続きを読み始めるお子さまがいらっしゃるかもしれません。それは素晴らしいことだと思います。「あ~この本、知っている~!」というように、敷居を低くしてあげる意義は大きいでしょう。そのためにも、そうした読み聞かせには、上記しましたような、絵本とはまったく対極にあるような、物語の展開が息つく間もないような、ドキドキワクワクする面白い内容や、自分たちの体験に近しい共感を呼ぶ楽しい内容等が望ましく思われます。『やかまし村の子供達』シリーズも、無理なく受け入れられるのではないでしょうか。また、『プチ・ニコラ』シリーズは、とりわけ元気な男のお子さまに大受けするでしょう。我が家の息子も、よくお腹を抱えて大笑いしていた大変愉快なお話です。視覚的な画の助けが無くても、耳だけで頭の中に鮮明に物語が浮かぶ経験、そして、それが本当に夢中になる程、面白いことなのだという経験こそがこの場合は大事です。

また、グリム童話や、アンデルセン童話の原作を読み聞かせてあげることも、これまで知っていた絵本の世界とはまるで異なる部分が見つかり、それもまた実り多い発見となるでしょう。ただ、読み聞かせという点から、ご注意頂きたいのは、実際に声を出してお読みになられると、素晴らしい訳の場合は流れるように読め、それが心地良い読み聞かせに繋がるということです。『賢者のおくりもの』の訳者、矢川澄子さんが訳されている『むぎばたけ』も、耳に心地よいですし、その作者であるアリスン・アトリーの作品も岩波少年文庫からも出ておりますが、この年齢の子供さんには大変面白い内容であると存じます。短い6つの短編集『西風のくれた鍵』<岩波少年文庫>も、不思議な世界と現実の世界との狭間にいる年齢の子供達にとって、実に魅力に満ちたお話であると思います。木の実が木の内側を開ける鍵になるなんて、私自身、こうしたお話は特にすばらしく思え、まさに児童文学の理想郷であると存じます。イギリスの美しい自然に身をゆだねて育った作者の心の豊かさには、本当に驚かされます。大自然の中で育つ子供の想像力の無限さを教えられる、素晴らしいお話です。ちょうど、7,8分で読めそうなものも含まれておりますよ。

小学校で絵本の読み聞かせをなさるという大変素晴らしいことをもう3年間もお続けになられるのは、本当に尊いことですね。お子さま達はきっと楽しみで仕方が無いと存じます。
頑張って続けて差し上げて下さいね!ストーリーテリングなど、まだまだお子さまにお話の面白さを伝える方法は他にも沢山あるでしょう。