昨年もそうでしたが、今年も受験が一段落されますと、ピアノやバレエなどのおけいこを始められる方も多いのです。昔、私の家の方では、5時になると鐘がなりました。その音が聞こえたら、何をしていても、必ず手を洗ってからピアノの前に座るという母との約束でした。ルールを決めるということは、親、子とも大変かと思いますが、必要なことだと思うのです。そうして、ハノンで、苦しんだ後、ブルグミュラーで様々な心象風景を思い描きながら、想像の世界で遊んだあの頃。今もブルグミュラーの楽譜の扉の内側には、心の中で描いた風景がそのまま残っております。
今日、また、素敵な絵本と出会いました。「もりのおくのおちゃかいへ」作 みやこしあきこ 偕成社 です。おばあさんのお家に行くお父さんが、ケーキを忘れて出掛けたので、きっこちゃんがケーキを持って後を追って森の中を行くと・・・。
手に取った瞬間から引きつけられたのは、色彩です。最初から最後まで、やわらかなデッサンのタッチで描かれた白と黒の世界・・・。そこに、ごく僅かに限られた赤や黄色が使われているのです。
実は、私の一番最初の記憶と思しき、ぼんやりとした風景があるのですが、目線よりも高い位置の大きなテーブルとその上に乗っている透明な食器・・・。それが、不安定に揺れているのです。もしかすると、ハイハイから立ち上がる瞬間に和室のテーブルにつかまって生まれて初めて見たテーブルの上の光景ではないのかと(笑)自分では考えているのですが、息子は、生後3か月の時に、あることで私が大喜びをして、赤ちゃんの息子を大いに褒めたことを覚えている、と言うのです。どちらも雲をつかむようなお話ですみません。でも、私の場合、そうした、ごく幼い記憶の中の色彩は、鮮やかな色でも、セピア色でも無く、今回出会った、みやこしあきこさんの世界に一番近いような気がするのです。色のトーンも、タッチも、まるで記憶の中をデッサンしてとり出されたような気がして、手に取ると、手放せなくなる本なのです。また、幼い子供が、見慣れぬ環境を訪問した時の緊張感もよく伝わって来ます。素晴らしい作品であると思います。
同じデッサン画絵本では、鬼才、ガブリエル・バンサンの「アンジュール」や「たまご」を思い出します。バンサンはデッサン画(前者は鉛筆、後者は木炭)で、「アンジュール」では、車から捨てられ、置いていかれてしまった犬が飼い主を追いかけて追いかけていく悲しみの叫びが、無音でありながら鼓膜を震わせ、「たまご」では人間たちの自然に対する愚行、横暴さへの糾弾が、やはり耳をつんざくような無音として迫ってくるのを思う時、デッサン画
の持つ圧倒的な力を思わずにはいられません。
「もりのおくのおちゃかいへ」は、人間たちの愚行、といったスケールで書かれたものではありません。が、1人の幼い子供の心の中に起こる事件とでも言うべき、見知らぬ人々の世界に踏み込んだ時の畏怖、驚き、そして親切にされた時のちょっとした安堵とそれでもまだ心を許してはいない後ろめたさのない交ぜになった思いが、雪の中という情景も手伝い、それは静かな迫力となって胸に迫ります。
優しくおもてなしをしてくれて、話しかけてくれる大人の人達。子供達は、無防備に、暖かな人の心に触れ、やがてそうした経験を繰り返すうちに、その無垢な心に人の暖かさが流れ込んで来る道が浸透され、出来ていくように思うのです。家族以外の人の暖かさを受け取れる人に育ってほしいですよね。・・・いつか、そう遠くないうちに、きっこちゃんはまたあの動物たちのお茶会をしていたお家を見つけるでしょう。そして、今度は自分から訪ねていくでしょう。すると、きっこちゃんは、そこにいるのが、物言う動物達では決して無くて、親切な人々であったということを知るでしょう。
丸善丸の内本店で12月7日~12月27日まで。「もりのおくのおちゃかいへ」の原画展が開かれるとのことです。是非、出掛けたいと思います。・・・冬は楽しいことが沢山、ありますね。お母さま方から、楽しい冬支度のご様子をメールで頂き、私の心まで明るく暖かくなります。皆さま、ありがとうございます!