・・・お母さま、眠れない夜、第3夜?でしょうか・・・。本日は大変お疲れさまでした。そしてお試験のご報告、ありがとうございました。我が子の受験の苦しさ、本当にどんなものかよく解ります!苦しくて苦しくて、発表までの日々の辛さは、何も手につかない程ですよね。お母さま方からのメールを読ませて頂きながら、その真摯なお気持ちに私も涙がこぼれました。どなたも、本当に、どんなに、我が子の幸せを願っておられるのか、痛いほど伝わって参ります。眠れない夜、私もまた、お付き合い致します。・・・今日は、受験の苦しみについてお話させて頂くつもりでしたが、ふと、心の中の苦しみについて書きたくなりました。このお話は、息子が6歳の折でしたから、ちょうど皆さまとほぼ同じような年齢の頃かと存じます。

気がつくと、私は薄青いカーテンの中で横たわっていました。母の看病の為に毎週新幹線で往復し、徹夜で苦しむ母に寄り添っていた日々、母はあとひと月と告げられた矢先の出来事でした。ある日、激痛に襲われました。入院を予感した私は、なんとかバッグにタオルと着替えを入れ、引っ越したばかりで良い病院も解らずに、タクシーに乗ると「一番信頼出来る病院に。」とお願いしたのでした。一刻も待てない緊急手術でした。私は、母との残された日が気がかりで、すがるように「せめて、今から主人の車で母の入院している病院に運んでもらい、そこで手術していただけないでしょうか!」などと無理なお願いをしたのでしたが、「血圧がこんなに下がっていて、気を失なっていないのが驚きだ。一時間後に手術しなければ、命が危ないですよ。」と言われ、あきらめたのでした。

術後の個室の静かな青いカーテンの中で、私は海の底に横たわっているかのような1人の自分を感じていました。状況的に、付き添いの身内の者は誰もいませんでした。身動きも出来ず、喉の渇きも、喉やあちらこちらに繋がれた管の痛みも、全ての苦痛も、そのままに、私は、もしかしたら今、見えない何かを生み出しているのでは無いかと感じていました。いつも、遠くから、厳しい目で自分を見つめ、批判ばかりしていたもう一人の私が、この時、今までよりもずっとそばにいて、抱きしめてさえいることも感じていました。私は、おそらく、人生のこの時、自分に解放され、自由を与えられ、非常に安らいだ気持ちになったのを思い出すのです。

私は、倒れたことで、自分にギブアップしたのかも知れません。でも、精いっぱい、身も心も尽くした後で、これ以上は出来ないと自分を許すことで、救われました。お母さま方の頑張りも、大変さも、そして、辛さも、その当時の私と種類こそ違えど、なんら変わりは無い筈です。「もっと、私が何かして、母の命を救ってあげなくては!」という思いひと筋に、私は日々奔走しておりました。でも、流れに身を任せた時に、必ず流れつく岸辺はいずれかにあり、その岸辺から立ち上がって、また歩いて行くことで、思いもしない素晴らしい人との出会いや出来事が散りばめられているのが人生の醍醐味なのかもしれないと思っているのです。

試験場の待合の講堂で、寒さを我慢されながら、薄着の我が子のことを案じ続け、戻って来た時に真っ先に、手を握って冷たい手に可哀想なことをしてしまったと思うお母さまは、本当に本当に拍手を送って差し上げたいくらい素晴らしいお母さまです。同時に、戻った我が子に、この問題も、あの問題も出来なかったと告げられ、真っ青になって、問いただし、「もうダメだわ!」と言ってしまい、親子で暗く落ち込んでも、それも正直な親子の姿なのです。真剣そのものなのですもの。ただ、もしも良くないことを言ってしまったと気がつかれたら、すぐに「ごめんなさいね!」と謝ることはとても大事なことですが。

結構、親の心子知らずではなくて、子の心親知らずのところがあるようで、個別ご指導をさせて頂いておりましても、皆さん、かなり大人でしたね。頼もしく感じられる程でした。どなたも、お母様のことを信頼しきり、愛されているのをご存知で、逆に思いやっておられるところもありました。

あと、少しですよ!楽しく、元気に手を取り合って、最後までしっかりと親子で歩いて行って下さい。泣いて、笑って、悩んで、議論して・・・ご家族の絆が深くなっていらっしゃるのは、まぎれも無い事実なのです。今、苦しくても、素晴らしい経験の只中にいらっしゃるのですよ!