昨日、高校生の頃から好きだったフランソワーズ・アルディの大人になって出したアルバム「LE DANGER」(危険な香り)を聴きました。と申しましても、もう14年前にリリースされたアルバムですので、本当に今頃!ですが、しばしアルディのことを忘れていた私にとって、アルバムの写真の大人の魅力には驚きました。素敵!アンニュイな雰囲気で溜息とささやきまじりに歌っていたロングヘヤーのあの頃から本当に大人の女性になって、ロックっぽい歌声も、あの頃とはまた違った魅力が加わっていて。ソニア・リキエルも全然変わらず素敵だったけれど。・・・またお手本になる女性を求めてパリに行きたくなってしまいました!何しろ、衝撃的な魅力をたたえた女性にパリでは多く出会えました。ちょっと、『あの方素敵』・・・と思う程度ではなく、出会ったとたん、いきなり雷に打たれたような衝撃の走る魅力の持ち主。勿論、エメラルドの様な宝石の目差しをしている、とか、人魚のようなスタイルをしている、とか、それだけでも素敵なのですが、一度出会ったら、生涯心から離れないような雰囲気・・・それは、アルディもですが、その方の送って来た人生が醸し出すもの、その方全体が動く詩で成り立っているとでも申しましょうか[E:happy01]

ハスキーな若いアルディの歌<もう森へなんか行かない>は、私の大好きな歌で、ピアノを弾きながらよく歌っていました。ドラマの主題歌として使われたこともあるので、ご存じの方もいらっしゃると思います。私の場合、歌は、誰かを喜ばせようとして歌っているわけでは無く、(むしろ家族にはよくうるさがられております[E:sweat01])でも、止むにやまれず、歌わずにはいられないのです。本当に、歌が好きなのです。朝食の準備、お洗濯、お掃除、小さな声でなら駅に向かって歩いている時ですら歌っているのです。でも、そんな私の歌の熱烈な支持者が過去には約2名いてくれました。1人は、母、そして、もう一人は祖母です。

祖母は、実家に帰ると「あざみの歌」を歌ってとよくリクエストしてくれました。母の好きな「山の娘ロザリア」もよく弾いて歌っていました。2人から弾いて弾いてと言われることもあって、私は実家に帰ると「アリとキリギリス」のうちの、キリギリスになり、一日中歌って弾いて気楽に過ごしておりました。息子は母の子供と化し、お料理上手な母のもと、主人も妹の家族もめいめいが心からくつろいで、楽しんでおりました。・・・本当によく出来た母でした。今でも、母のような温かな心を持つ方にお会いすると、「ああ、この方も周りの方を幸福にされる方だわ!」と、しみじみとした思いに包まれます。

そのアルディの<もう森へなんか行かない>を、母は一晩眠れずに過ごした病院の夜明けの薄暗い個室で、私に『歌って』と言いました。私はもう大人でしたし、長いことアルディの歌は歌わなくなっていたので、一番も歌うと、歌詞はとぎれとぎれになりました。「来週、来る時に歌詞を持って来るわ。待っていてね。」母は黙ってうなずきました。新幹線に乗って毎週看病に行って、病室に泊っていたのです。それから、一週間後、母は亡くなりました。あんなによく歌っていたのに、もっと良く覚えていれば良かったです。でも、母はなぜあのお別れが迫ったあの時、あの歌を歌ってほしかったのかしら、と、私は今でも時折考えます。私が高校生で、妹が中学生で、父と新婚のように仲の良かったあの時代の断片が、<もう森へなんか行かない>であったのかも知れません。

大人になったアルディの歌声に聴き入りながら、アルディの時間が断絶せずにちゃんと流れていたという、本当にあたりまえのことが私には嬉しくて、安堵感すら覚えた昨日でした。まだまだ若き日に置き忘れたもの、沢山ある筈です。捜してみたくなりました。