忙しさの合間、前から読みたくて、本棚にあるのを眺めて来たフランスの童話『みどりのゆび』モーリス・ドリュオン作を、今日はついに読んでみました。・・・思った通りの素晴らしい童話でした。パラパラと本をめくって選ぶ時に、こんなお話だったらと期待するのですが、この『みどりのゆび』は、まさに、私の理想が現実に目の前に現れてくれたような感動がありました。色々な意味で美しさが際立つ童話です。繊細な挿絵も素敵です。

お城の様な家に住む資本家の子どもチト。美しく、何不自由無く育ちますが、チトの親指は触ったところからどんどんお花が咲き乱れるという、「みどりのゆび」だったのです。チトは学校には向かなかった為、実際に町の色々なところに出掛けて勉強することになりました。刑務所、貧しい人々の家、病院、動物園・・・。チトは、それらを見て説明しようとする先生とは異なった考えを持つのです。そして、チトは、こっそりと「みどりのゆび」の力を発揮させます。それぞれの場所にお花が咲き乱れると、大人が思ってもみなかった効果が現れるのです。そうしているうちに、戦争が起こりました。実は、チトの家は武器製造の工場で裕福だったのです。チトは、自分の家の工場に忍び込み・・・。

モーリス・ドリュオンは1918年にパリで生まれ、第二次世界大戦中、ナチスドイツに占領された祖国で、自由と平和を訴え勇敢に戦った作家でした。この『みどりのゆび』も反戦童話でもあると言えるでしょう。ただ、この童話は戦争以外の大人の作りだす世の中の仕組みや、人の心の動き、そして物事の本質・・・大人が見えなくしている物事の本当の大事なことを、子ども達に実に興味深く、楽しく解き明かしてくれているのです。チトの視点は、必ず、「そこにいる人が、もっと幸せになる、良くなるにはどうしたら良いか。」なのです。大人がそうしたもの、と片付けてしまっている物事を、ハッとさせられる視点で見つめて問いかけるのです。例えば、動物園で、「ここへつれてくるまえ、いいかどうか動物達に聞いてみたの?」と番人に聞き、番人は肩をすくめ、「人をばかにしている」とぶつぶつ言って行ってしまいますし、「ぼく、世の中ってもっともっと良くすることが出来ると思うよ。」と言うチトに、お母さんは怒ったような顔をして、「そんなことは、おまえの年頃で考えることではありませんよ。」と言うのです。このお母さんは、最後まで読むと、なかなか良い母であり、妻であることが解るのですが、どんな年齢の子どもでも「世の中をもっと良くなるようにしたい。」と言うと、親は怒らなくても、あまり真剣には取り合おうとしないのではないでしょうか。・・・なぜなのでしょうね・・・?

また、もうひとつ、この本の魅力であるその詩情豊かな表現は、作者がいかに真剣に子どもたちの側に立っているのかが伺えるのです。

例えば、チトが真夜中に刑務所にお花を咲かせに家を抜け出る場面では・・・<月は、芝生の真ん中に、長い白いねまきを着たチトを見つけると、さっそくすぐそばにある雲を手にとって、大急ぎで顔を磨きました。>・・・チトの行方をよく照らしてあげる為の表現です。また、病気の描写では、このようなものもありました。<病気は、人に悟られないようにと、あらゆる種類のマスク(仮面)をつけています。まるで、カーニバルのお祭りの様です。>

私は、子ども達が本来持っている素晴らしい感受性、例えばネオンのランダムな瞬きを、「光が歌を歌っているよ!」と表現する様な心を本当に大切に思います。『みどりのゆび』の作者、モーリス・ドリュオンのこうした表現は、まさに、子ども達のものの見方や捉え方に合致したものであると考えます。どれだけ子どもの心を知っているか、覚えているか、そして、まだ子どもの心を持っているかということ、また、子ども達に敬意を持っているか、子ども時代の大切さを理解しているか、等が、子ども達の心に届く童話を描けるかの分かれ目であると私は思っているのです。書店で山積みされている、人気のシリーズものになっている本がありますね。毎回同じようなストーリー(失礼!)は、一見、スラスラと読みやすいでしょう。でも、水戸黄門のごとく、必ず助かると解っているヒーローの本を、子どもたちははたしてどれ程心を動かして読んでいるのでしょうか。一冊の本を読み終える、それは、どこかにその子が行って帰って来ることだと私は思います。おそらく、その冒険(経験)が素晴らしかったならば、その子はまた、何度でもそこへ還って行こうとする、すなわち、何度でも繰り返し同じ本を読もうとするでしょう。

『みどりのゆび』。安藤次男さんという方が訳されているのですが、岩波少年文庫の巻末で、「訳者のことば」として書かれている文章が、また大変魅力的で素敵でした。この方もモーリス・ドリュオンと同じ、子ども達に大変真摯に向かい合われる心を感じました。子ども達の周りには、出来るだけ魅力的な人をと思いますが、このような本の中からも、優れた方々が、子ども達に対して大事なことを呼びかけて下さっているのですね!今日、改めてそのことの素晴らしさに気がつきました!