結婚したばかりの頃、世田谷に住んでいたことがあります。あの頃の、世田谷線は、実に、実に趣があって、木の床と、真鍮のベルの鈍い光を思い出します。私たちは、飾る絵がほしくて、渋谷のパルコに出掛け、ボナールのニースの海岸線を湾曲して辿る、おそらくはプロムナード ・デ・ザングレ(イギリス人の散歩道)のあたりを描いたリトグラフを選んだのでした。結婚する前に私が親友と南ヨーロッパを旅した時、目にした光景にそっくりでしたから魅かれたのです。今、その絵も含めて、我が家には大事な絵がいくつかあるのです。今は亡き母の描いた沢山の油絵。大きな大きなバラの花の絵は、我が家の真ん中に飾られています。その横に、お花のついた大きな帽子をかぶり、口元に手を置き、微笑む女性のロマンティックなデッサンが・・・。これは、当時二科会の審査員であった某様が、二十歳の頃の私に、「あなたのイメージです。」とその場でサラサラと鉛筆で描いて下さったもので、あのころから変わり果てた姿(笑)になった今、ますます大切さを増す私の宝物なのです(笑)
絵画が好きです。とりわけ、「色彩」に魅了されることも多いのです。フランスの何に魅かれるといったら、私は第一に「色彩」をあげるでしょう。パリのカフェのカーテンとテーブルクロス、カフェオレボールなどの色の取り合わせ、フローリストのブーケの取り合わせ、パリ郊外のシャルトルの古い愛らしい石造りの家の色とポストの色の取り合わせ、リモージュ焼の淡い色彩、オンフルールの黒っぽい影の色が夕焼けの色に混入しているかのような色彩の細く高くそびえた街並み。素敵なものに出会うと、私は胸が締め付けられ、それが生きる上での活力になっていくのです。またいつか、フランスについてゆっくり書きたいと思いますが(それこそ、いつまででも書き続けることでしょう。)こんなに色彩にこだわるのも、ひとつには、子供の頃から習っていた油絵の影響があるのかもしれません。
その絵の先生は、習い始めの時、「ペールグリーン」という色の絵具を買っていらっしゃいと言われたのです。画材屋さんで、初めて目にする色に私は、学校の絵具の色がすべてではないと知りました。その色は、まったく見たことが無い、魅力的な明るい色でした。その色を使って、描いてみたいものが、色々頭の中に思い描かれるほど、私にとってのカルチャーショックだったのです。先生のお机の上には、いつも色見本のカードが置かれ、微妙なグラデーションで私の見たことが無い色彩が羅列されていました。その先生は、ダリの信奉者であり、ご自身の作品もアトリエで、窓が半分閉じられていると思うと、実は窓も空も先生の作品であったという具合でした。絵を習っていて、ある日、「最初は色に使われている感じだったけど、色を使えるようになって来ましたね。」と言われ、「絵が描けるようになるとは、そういうことなのだ」と、子供ながら実感したお言葉の解釈は、今でも変わらず持ち続けております。
まだまだ、絵画にまつわるお話もつきません。今日は、久しぶりにゆっくりとした時間を持てましたので、涼しい部屋で、くつろぎながら楽しくあれこれ思い出して書かせていただきました。